3/7 今市橋はなぜ、カギ型だったのか?

3月となりようやくお天道様の温かさが感じられるようになりました。

さて、今回は松森と岩切の間にある今市橋の謎を追いかけます。まずは仙台の門前町を考えます。仙台の3大門前町は①長町から黄檗宗(おうばくしゅう)大年寺に至る通り②宮町の東照宮へ至る東六番町通り。そして最後が定義如来西芳寺に至る道とされています。

では、今回の東光寺に至る岩切街道はなぜ門前町に入らないのか?これが不思議でなりません。同時に昔の今市橋は現在のように東光寺にまっすぐ突き当りではなく青麻神社へ向かう街道に沿って架けられていました。

左の地図は1928年のものですが、東光寺ではなく、青麻道が主役のような気がします。つまり、岩切街道と、青麻道、陸奥道、塩釜街道の要衝地がこの場所だったということではないでしょうか。今市橋自体は江戸時代から昭和初期まで七北田川の氾濫で何度も破壊されています。戦後になりようやく鉄筋コンクリート橋となり、松森の流路変更を経て現在のようになりました。この岩切街道が門前町にならなかったのは足軽町だったことぐらいしか考えられません。イマイチわかりません。

今日のコースは八坂神社の駐車場から青麻道分岐、塩釜・陸奥道分岐を経て、今市橋を渡り「仙台城移築二の丸勘定所板倉」、今市足軽102人の菩提供養寺である曹洞宗耕田寺を回り、街道裏を巡って戻ります。

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